不妊症の基礎知識
不妊症って?
「不妊症」とは、赤ちゃんを望みながら夫婦生活を営んでいるにもかかわらず、1年経っても妊娠しない状態を言います。
最も妊娠しやすい20歳代では、排卵時期の性交渉による妊娠率は20~25%程度です。一般に、年齢が上がるほど妊娠率は低下してきますが、平均すれば4~6周期で妊娠するのが通常です。
わが国では夫婦の4.4組に1組が不妊症であると言われています。
妊娠のステップ
妊娠のためには次の6つのステップが完全に行われなければなりません。
- 1.排卵
- 2.卵が卵管に取り込まれる
- 3.射精された精子が膣→頚管→子宮→卵管へと移動
- 4.精子が卵に入り、受精が起こる
- 5.受精卵が細胞分裂しながら卵管から子宮の方へ移動
- 6.受精約一週間後に子宮内膜に着床する
妊娠のステップ
現在、正常な男性なら、1回の射精で約2億個もの精子が放出されると言われているのですが、それらは、女性の膣から子宮、卵管を通るうちに次々と脱落して100~200個になり、更にその中の1個だけが、卵管にいる卵と結合して受精します。その後、子宮へ戻り子宮内膜に着床するのが、自然妊娠です。
これらのステップに1つでも異常があれば妊娠は実現しないことになります。例えば、女性の卵管が詰まっていれば、卵と精子が出会えませんし、男性の精子が少なければ、精子が卵まで到達しにくくなります。こういった症状が不妊症なのです。
不妊症の主な原因
主因子の分類
不妊の原因は人さまざまですが、男女別の分類では女性のみに原因があるのが41%、男性のみに原因があるのが24%、双方に原因があるケースが24%です。不妊は、女性側の問題と考えられがちですが、男女双方に原因がある割合を加えると約半数のケースで男性にも原因があります。
女性側の原因
女性側の原因で最も多いのは、卵管の異常とホルモン分泌の異常です。また、女性の晩婚化により、妊娠を希望する時期が高齢化していることも、理由のひとつです。女性の年齢が上がるにつれ、卵子の質が低下し、妊娠率は低下してきます。
・卵管異常
炎症、特に最近は「クラミジア感染症」が注目されています。また、子宮内膜症や手術などによる癒着も卵管異常の原因になります。
・ホルモン異常
排卵障害や、着床期の黄体機能不全、高プロラクチン血症などがあります。
また、この他にも、頻度は少ないのですが、女性の体液中にご主人の精子の動きを止めてしまう物質(抗精子抗体)を持っている場合(免疫性不妊と言います)もあります。
男性側の原因
男性側の原因としては、ほとんどが精子をつくる機能の異常ですが、精子の少ない「乏精子症」(現在WHO:世界保健機関では精液1ml中2,000万未満と定義)、精子の動きが悪い「精子無力症」(直進する運動精子が全体で50%未満)などです。このような精子は、卵子と受精しにくいのです。またこの他に「射精障害」もあります。
男性不妊の50%は原因不明で、30%が「精索静脈瘤」、事故や病気などで精子の通り道がつまっていたり、生まれつき精子の通り道の一部が欠損して精子を射精できない「閉塞性無精子症」が10%です。
男性側は近年、精子の状態が目立って悪くなりつつあり、精子数の正常値が10年前の約半数になったと言われています。食生活やストレスの多い現代の社会生活がその一因と考えられていますが、その原因はまだはっきりと分かってはいません。
また最近、ヒトの精子を減少させる環境汚染物質、内分泌かく乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)が注目されており、男性の生殖機能にとって厳しい状況となっていると言えるでしょう。いずれにしても、これらの事態が、男性側を原因とする不妊を確実に増加させる要因の一つになっていることは事実なのです。
最近の生殖医療の進歩の中で特記すべきものに男性側に原因がある場合の不妊治療法の飛躍的な発展が挙げられます。
従来は、ご主人の精子の状態が悪いとまず人工授精、次に体外受精を行っていました。これで受精できなかった方は、夫婦間の不妊治療はお手上げでした。
しかしながら顕微授精の発展により、従来夫婦間では、受精することができなくて、妊娠をあきらめておられた方々も、子供を授かることができるようになりました。ICSI(卵細胞質内精子注入法)と呼ばれる治療法の発展により、男性不妊のかなりの部分は解決されています。
また、男性側に原因がある不妊の約1割の方が、精子の通り路がつまったり、一部が生まれつき欠損しているため、睾丸(精巣)では精子がつくられるにもかかわらず射精できない、「閉塞性無精子症」であると言われています。泌尿器科的に手術によって射精できれば良いのですが、このような方は限られています。
最近では、閉塞性無精子症のご主人に以下のような不妊治療が施されています。
- 直接、副睾丸(精巣上体)から精子を回収する方法(MESA、PESA)
- 副睾丸の近くの精管を穿刺して、精子を回収する方法(VSA)
- 以上の方法でも精子が採れない場合、直接睾丸(精巣)から精子を回収する方法 (TESE、TESA)
顕微授精(ICSI)を用いることで、副睾丸の精子でも睾丸の精子でも、射精精子と変わることなく、また新鮮な精子でも凍結した精子でも同様に、受精、妊娠しそして自然妊娠と変わらない子供を産むことができます。
当クリニックでは、男性不妊専門の泌尿器科ドクターとタイアップして男性不妊の治療を行っております。現在まで射精精子、副睾丸精子、睾丸精子すべての精子を用いた顕微授精で、妊娠、分娩を経験し多くの正常児を得ております。
特に睾丸精子を用いたICSIの妊娠率は、症例当たり現在70%です。
非閉塞性無精子症(精子への通り路は通っていても射精できない症例)でも睾丸(精巣)の一部を調べるとごくわずかに精子が認められることがあり、当クリニックでは、この精子を用いたICSIでも妊娠例が出ております。
人工精液瘤と卵細胞質内注入法を併用
95年に、当クリニックが国内で初めて成功させた治療法は、精路が閉塞している患者さんの陰嚢内に、精液を溜める人工の袋を作るという方法でした。
これは原三信病院泌尿器科の小松潔先生が考案した、「人工精液瘤造設(じんこうせいえきりゅうぞうせつ)」と言う精液採取法です。人工血管の材料である合成樹脂製で作られたこぶを、陰嚢の内部で副睾丸(精巣上体)や精管に繋いで精液を溜め、このこぶに針を刺して精子を採取します。
現在、閉塞性無精子症の患者さんから精子を採取する方法は、副睾丸や精巣から直接採取する方法が主流です。
男性不妊専門の泌尿器科医とタイアップし、睾丸内精子の採取を行ない、さらに顕微授精と組み合わせることにより、成功率を飛躍的に高めることができます。顕微授精でないと妊娠できないご夫婦は多く、今後はさらにこの治療法が要求されるでしょう。
生殖医療の現場
カウンセリングの重要性
諸外国の場合、不妊治療施設として認可されるには、医療従事者の資格や経験、施設設備などが一定の条件を満たさなければならない規定があります。しかし、日本では不妊治療の環境整備が遅れています。
近年、特に重要視されているのが、患者さんに対するカウンセリングです。
- 不妊検査、不妊治療に対して、きちんと説明してくれない。
- 周囲の人が無神経な言葉を口にする。
- 男性側がいっしょに病院に行ってくれない。
- 検査や薬などの診療内容や、その費用が不明朗。
- 医師の技術レベルを示す基準が分からない。
- 医師の態度が非常に高圧的。
- 生まれて来る子供の健康が心配。
- 治療そのものがストレスになっている。
不妊治療を受けていらっしゃる方の多くは、ここに挙げたような悩みを一度は感じたことがおありでしょう。カウンセリングは、医師からの説明だけでは 不足しがちな情報を補って、検査や治療についての十分な説明を行い、周りからのプレッシャーにさらされている患者さんの心を開放することを目的としています。そのため、専門のコーディネーターやカウンセラーを置く施設も増えてきています。
当クリニックでは、IVFコーディネーターが難治性不妊症の方々に、分かりやすく、ていねいに説明しております。また、一般不妊症(タイミングから人工授精までの治療)の方々に対しては、専属のスタッフ(リプロダクションナース)が医師と共に、十分な説明を行っております。
環境ホルモンの影響
カップ麺の容器、焼却灰、産業廃棄物、給食用食器…内分泌かく乱化学物質(いわゆる「環境ホルモン」)を巡る問題は、各メディアで取り上げられています。生殖医療の場に限らず、私たちの生活に密着した問題なだけに、目が離せません。
この環境ホルモンが男性の生殖能力におよぼす影響について最初に警鐘を鳴らしたのは、1998年、市民団体「環境ホルモン全国市民団体テーブル」の招待で来日した、デンマーク国立コペンハーゲン大学のニールス・スカケベック教授(生殖発達学)でした。スカケベック教授が1992年に発表した調査結果では、精子の数や精液量の減少、精巣がん患者の増加などが報告され、現在でも大きな議論を呼んでいます。
その後、これらの問題は、「奪われし未来(原題:Our Stolen Future)」(翔泳社)と言う書籍の中でも解説され、話題になりました。
環境ホルモンは、男性の生殖能力にとって大変な脅威となっているのではないかと危惧されています。胎児期から長期に渡って環境ホルモンに晒されている現在の男の子が成人したとき、精巣機能が低下することで、男性不妊がさらに増加する可能性があります。